外資系キャリアウーマンの日常

貪欲な三大欲求を持つアラサーの頭の中を吐き出す雑記

洋服処分祭り開催中

定期的に掃除したい欲というか、物を処分したい欲が湧き出てくるのだが、ここ2ヶ月くらいその欲が溢れかえっているので、洋服を処分しまくっている。処分対象は、体型変化により着れなくなったもの(筋トレでおしりを大きくしているので、今後痩せてもどうせはいらない)、着てテンションが上がらないもの、そもそも1〜2年着てないもの、あたり。最近は長めのスカート丈が流行だし、そもそも20代半ばに着ていた服が30代になっても似合うだなんて、流行的にも雰囲気的にもなかなかないので、手放したほうがいいはずだ。

ただし、当時背伸びして買った洋服たちは今のほうが似合ったりしてる。毎日真夜中まで働いて、その残業代で良い洋服やバッグを買った当時の私を褒めたい。

洋服処分祭り開催に伴い、メルカリが大活躍している。服を処分するときに、「もったいない」という気持ちが邪魔になる。この服高かったのにな、とか、可愛いのに、とか、そういうやつ。でもゴミ袋に捨てるのではなくて、売れると思うと、着ない服でお金を得ることができるので、処分のハードルがかなり下がる。

結果的に、前までぎゅうぎゅうに洋服が詰まっていたクローゼットがすっきりした。勢いで処分しまくったけど、今のところ特に困ることは起きていない。

 

ちなみに私の場合は洋服が多いせいで、クローゼットが広めの部屋に住んでいるので、この着ない洋服に場所代/家賃がかかってる、と思うと結構やる気がでたのでおすすめ。

商社マンが人として合わない

大手総合商社勤めの男性は、私の経験上、聞いてもいないのに会社名を出会ってすぐに言ってくる。タチが悪いタイプになると、「商社に勤めてるんだけど、どの商社だと思う?」とかいう謎の問いかけをこちらにしてくる。最悪なケースは、部署まで教えてきて、どや!花形部署やで!みたいな顔をしてくる人だ。花形部署ってなんなのよ。

就活生からしたら総合商社は人気が高くて憧れの的なのだと思うし、商社マンだと言うだけでついていく女性も一定数いるのは知っている。それに、自分の勤務先に自信を持って働くことも素晴らしいことだと思う。しかし、ある程度仕事をしてきたのに、自分の業務内容や仕事の楽しさ、やりがいではなく、会社名を押し付けてくることには疑問が残る。で、あなたはどういう人なの?という大事な部分が全く伝わってこない。

また、私の経験では、商社マンのパーソナリティーとして多いのが、自己成長よりは、他人と競争して蹴落とすタイプだ。きっと社風?業界の傾向?として、転職せずに働き続ける人が多く、出世争いに勝ち残っていかないといけないから、自分の能力を上げていくというよりは、他の人を下げてでも自分が上に立つことが大事なことなのだと思う。この点が、私の仕事観と絶対的に合わない。私は他人はどうでもよくて、自分で能力や専門性を身につけていって、その結果として出世したい。私の仕事観は絶対評価であり、商社マンの仕事観は相対評価なのかなという認識だ。

しかも、この仕事観は仕事だけにあらず、プライベートにおいても価値観になっていることが多い。商社マンのマウンティングはすごい。飲み会でも仕事やプライベート(のお金の使い方)についてマウンティングしてくる。なんなら彼女相手にもマウンティングしてくる。過去に商社マンとは2人付き合ったが、2人ともとにかく私より上に立ちたがった。あ、この人といたら私はブスになる!と思って、連絡手段をすべて絶って、逃げるように別れた。もはやトラウマものなので、商社マンだと知ったら一定の距離を置くようになった。

ちなみに、商社によってもキャラクター性があって、三井物産はまともな人が多い。最悪だと思っている商社もあるけれど、そちらは書かないでおく。

 

この記事を書こうと思ったのは、最近知り合った人が名前と一緒に総合商社です、と自信満々に言ってきたから。お前もか、と思って、思わず書きとめたくなった。そういえば学生のときは、慶應の人だけなぜか、名前よりも前に、俺慶應なんだけど、と大学名を先に言ってくる人が多かった。高校生や大学生がそれを言っているのは、今となっては可愛いと思える。でも商社マン、もういい年齢なんだし、会社名で女性を釣ろうとするのはやめてほしい。

映画、私とあなたのオープンな関係、が面白かった

私とあなたのオープンな関係、という映画がここ最近観た映画の中では一番面白かった。恋に落ちて、喧嘩して、それでも結ばれて、みたいなキラキラした部分だけを描くラブストーリーではなく、すごくリアルな現代人を描いた映画だと思う。

ストーリーは、一夜限りの関係をそれぞれ繰り返していた男女がマッチングアプリで知り合って、お互いを特別だと思って付き合い始めるものの、それでも今まで味わってきた新鮮さやスリルが足りなくなって、オープンリレーションシップ(あまり日本では馴染みない単語、パートナーがいても外で男女関係を持つことを容認している状態)を始める。ルールはお互いしたことを素直に話すことだが、でも、言えないことがそのうち出てきて、お互いを大切に思っているのに、関係がうまくいかなくなってしまい、お互い苦しむがうまくコントロールできない、そんな話だ。

少なくとも私は誰かと真剣に付き合っていても、何かの際に素敵な人に出会えば気になることもあるし、浮気をしたことがないかといえば、ある。でもそれは交際相手を好きじゃなくなったからではなくて、ただ少し新鮮さが欲しくなったからで、別の感情だ。こういった欲求は悪者にされがちだが、でも人に言わないだけで、経験ある人は多いのではないか。愛しているのに、うまくいかない。そのへんをこの映画はうまく描いている。

この映画のマッチングアプリの使い方も、暇つぶしに使って、良いなと思う人がいたらデートして、多くの場合はすぐ関係が終わって、でもごく稀にすごく気が合う人に会って、でもそこから真剣な付き合いにすることが難しい(他の出会いでも同じだけど)というところがすごくリアルだと感じた。

 

それにしても、やっぱり他の海外映画と同じく、なぜこのタイトルにしたのか分からない。このタイトルだとすごくチープな、ありがちなラブコメに感じる。原題はNewnessで、確かに日本では馴染みのない単語かもしれないが、この映画を表している単語なので、もっと良い日本語タイトルにすれば観る人が増えるのではないかなと感じる。

婦人科の医師ってひどい人が多い

健康診断の婦人科検診で引っかかったので、管理しやすさから人間ドックで行った病院に再検査に行った。私としては、手術が必要なレベルなのか、経過観察でいいのか、それとも問題ないのか、ドキドキして行っているのに、すごく冷たかった。医師にとっての日常は、私の非日常だ。婦人科の話なので、こちらは子どもが産めなくなったら?まで頭にあって不安しかないのに。

 

婦人科は病気になっていても目に見える変化がないので定期的に通うようにしていて、普段は慣れている婦人科の病院に年に3回くらい通っており、超音波や血液検査をしている。そこは友人から教えてもらった病院で、物腰も柔らかいし、こちらの不安とか質問が解消するまで話を聞いて、答えてくれる。有名な先生で予約はかなり取りにくいが、それでも、それだけの価値がある。

よく思い出すと、この良い先生に出会うまで、婦人科でまともな医師に当たったことがなかった。特に女性の医師は冷たい。男性の医師は自分が持たない器官を診るからか、痛みなどをかなり気にしてくれるが、女性でそういった気遣いをしてくれる医師に出会ったことはない。こんくらい大丈夫でしょ、みたいな医師が多い。

私のまわりには、まともな婦人科医にあったことがないから婦人科に行きたくない、と言う人がそこそこにいて、彼女たちには私が通っている病院を薦めている。

 

私の友人だけでも婦人科の手術をした人は3人いる。そんな話は、結構仲の良い友人にしかしないはずなので、実際にはもっといるのだろう。しかもみんな、20代のときに手術を受けた。そのうちの2人は卵巣を片方摘出したが、今は2人とも子どもがいる。若くても、少しでもおかしいと思ったら婦人科に行くべきだし、なんでも話せる医師を見つけて、定期的に通うべきだなとつくづく思う。

大切な人が他界した

大切な友人が他界したとの連絡を受けた。まだ実感も何もないけれど、このまま心に溜め込むと私の気持ちが混沌として、どうしたらよいか分からなくなってしまいそうなので、文字に起こそうと思う。

彼はまだ40代前半で、熱ぽくなり、病院に行き、その翌日に亡くなったと聞いた。結婚していなかったが、自分で食事を徹底的に管理していたし、運動も毎日していた。見かけも中身も、すごく若々しい人だった。病気なんか絶対にならないような人だった。

彼はアジア系アメリカ人で、とても大きな会社のエグゼクティブとして働いていた。私の人生において、あんなに、時にうざいと感じるくらいエネルギーが溢れている人はいなかった。常に動いていないとダメな人で、うろうろしてるし、貧乏ゆすりもすごいし、多動症かなと思ったりもしていた。

初めて会った時のこともよく覚えている。その時の私は今よりも全然英語を話せなくて、なのに彼の英語は速くて、思ったように意思疎通ができなかった。彼は私の靴と、私の歯並びを褒めてくれた。その次に会った時も、私の英語はひどいものだったけれど、すごく紳士的に接してくれたことを覚えている。

それから1年くらい経って、彼が私に会いたがっていると聞いて、友人を交えて久々に食事をした。私は、彼は違う女の子と勘違いして私を呼んだと思っていた、なぜなら私は1回目も2回目のときも英語を全然話せなかったから。でも、勘違いしてたわけじゃなく、私であっていた。その日、初めて彼を見た日に、なぜか、すごくかっこよいと感じた。それまではなんとも思わなかったから、自分でもよく分からなかった。彼も何かを私に感じたのか、連絡先を交換することになって、教えたら、今日の君はすごく可愛いね!というメッセージがその場で送られてきた。その日は遅くまで飲みに行って、たまたま2人きりになった時にキスをされた。それがきっかけで、彼がアメリカに帰国するまでの毎週末デートをするようになった。

彼とすごく分かり合えたと感じた日のことも覚えている。彼は次の日仕事だったけれど、食事した後に彼の家でお互いが自分自身のことを朝の4時まで語り合った。英語で話していても、私の言いたいことはニュアンスまで伝わっていたし、彼が言いたいことも自然に頭に入ってきた。次の日になってもまだ一緒に過ごしたくて、彼は午後からの出社に切り替えて、午前はテレビを観たりして過ごした。私たちはやってきたことが全然違うけれど、中身は驚くくらい一緒だねって話していた。

その後、彼は帰国して、私たちはたまに連絡を取るくらいの友人になったが、出張で日本に来た時に一度会って、やっぱりとても居心地がよくて、もっと前に再会していたら、違う道もあったのかな、なんて思ったりした。

 

あと2ヶ月したら、彼に初めてウェイトトレーニングを教えてもらってから1年になるので、その報告をしようと思っていた。私たちが大好きな、今公開されている海外ドラマの話も、連絡しようと毎週思っていた。私が筋トレをするようになったのも、海外ドラマを観るようになったのも彼がきっかけだからだ。先週金曜日には、初めてキスしたバーで私は飲んでいて、そこで彼のことを思い出していて、連絡しようかなあ、どうしようかなあ、と思っていた。

そうやって彼のことを考えていることは多かったのに、今はもう連絡できない人になってしまった。私がそこで連絡を取っていたからといって、今の状況が変わったわけではない。自分の彼への気持ちも、一緒にいる時には自分なりに伝えていたと思う。それでも、私は彼から影響を受けたり、与えてもらった色んなことへの感謝や私の気持ちついて、もっと伝えたいことがたくさんあった。私が今の自分の外見や、仕事へのスタンス、自分のやりたいこと、そういったことに自信をもって、前向きでいられるのは、彼が私のことを認めてくれたからだ。変に遠慮なんてしないで、もっと会いたいって言えばよかった。私だけじゃなくて、彼の家族も友人も同僚も、まだ誰も気持ちの整理なんてできていない。

 

エスプリーク リキッドコンパクト BBの感想

2週間前にエスプリークのリキッドコンパクトBBを購入して使用しているのでその感想を書くが、結論としては、可もなく不可もない、といったところ。感動はなし。

 

化粧下地が不要で、基礎化粧品後にこれだけ使えばいいことが売りの製品だが、その分伸びが良くなっていることでカバー力が低め→結局コンシーラーや普通のファンデをシミ部分に重ねる。特にテカリ防止や毛穴カバーとかはしてくれない→それらに対応している下地を使用。これだけしかつけないとペタペタする→仕上げ用のルースパウダー使用。といった感じで、あまり手順は減らない。ただ、化粧下地とファンデが一体化してることによるメリットなのか、化粧崩れはしにくい。でもこれは単純に肌にのってるファンデの量が少ないからといった気もする。

 

この製品、専用のパフがある。ファンデをつける時には伸びがよくて良いのだが、それ以外が微妙。このパフはあくまでファンデを肌にのせることに特化して作られており、ふわふわっとしていない→吸着はあまりしない。なので、うっかり多めに肌にこのファンデをのせると塗り広げることしかできない。結局いつも、仕上げとして他のパフで肌に馴染ませている。

そしてつい先程、パフを洗ったのだが、このパフ、無茶苦茶洗いにくい。普通のパフはたくさん気泡が入っているので、中性洗剤を溶かした液体でにぎにぎすれば綺麗になる。でもこのパフはおそらく、メガネ拭きみたいなすごく細い繊維がみっちり詰まってるようで、全然洗えない。揉み洗いしたのに、絞るとファンデが出てくる。何回これを繰り返しても、元のパフの色である黒に戻らない。つまりこれ、洗っても古いファンデがパフに残り続ける。

私は肌が弱く、パフが汚れているとすぐ肌が荒れる。なのでこれは致命的に悪い点だ。

 

あと、容器のデザインも微妙。リキッドファンデを出すためにボタンを押すのだが、かなり押し心地が良くなく、安っぽい感じ。例えばシャネルの良い点って、容器のデザインが良くて、使うだけでテンションが上がることだと思っている。この製品にはそういった、使うだけでテンションが上がる効果はない。なんか、子供の頃に遊んでいたおもちゃのコンパクトみたいな感じがする。

 

近所に軽く買い物行きたいけどすっぴんで出るのもなー、という時にささっと塗るには向いているとは思う。あと、ファンデにカバー力を求めている人には向いていないと思う。

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日本人と欧米人男性の褒め方が違う

そこそこな数の日本人男性、そして、そこそこな数の欧米人男性とデートしてきたと思う(日本人以外のアジア人とはデートしたことがない)。今日、ぼーっとしながら歩いていて気がついたが、日本人と欧米人だと、私を褒める時に使う言葉が違うと気づいた。

日本人からは、スタイル良い、可愛い、美人、そんな感じの言葉で褒められる。欧米人からもそれらを言われるが、ほぼ全員に言われて、かつ、日本人から言われないのが、賢いね、頭いいね、だ。賢いとか頭いい、という単語を日本人から全く言われないわけじゃないが、大抵は男性が彼自身を下げる時に使われてきたことが多い。日本だと女性が賢いことはあまり褒め言葉にならないことが多いのだろうか。

あと、欧米人はピンポイントで褒めてくることが多い。笑顔が良い、声が良い、皮膚の質感が良い、おしりの形が良い(高頻度で言われる)、眉毛の形がいい(オランダで知らないおばあちゃんにも褒められた)、とかそんな感じだ。

面白いなと思うのは、目に対するコメントだ。欧米人からは、そのキャットアイ/アーモンドアイが魅力的、目が綺麗、とか、もっと見つめてほしい、とか言われるのだが、日本人からは、酒が飲めそうな目、と言われる。確かに私は結構な量のお酒を飲むが、なんなんだ、酒が飲めそうって。

褒める時に使う言葉は、家庭環境とか、ドラマや映画とかから影響を受けるものなのだろうか。日本人の褒め言葉の方がレパートリーが少ないなと感じるのだが、明確に褒めることが文化としてあまりないからなのだろうか。お互い褒め合えばお互いハッピーになれると私は思っているので、できる限り相手を褒めたり、どこが魅力的なのか伝えるようにしているのだが、同じ分だけ褒められたことって、日本人からはほぼない、ということに今気がついた。女性なんて、褒めれば褒めるほど綺麗になるものだと思うのだが。うーん。